充実した人生に唯一必要なもの【森博嗣】連載「日常のフローチャート」第35回[最終回] |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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充実した人生に唯一必要なもの【森博嗣】連載「日常のフローチャート」第35回[最終回]

森博嗣 新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」連載第35回

 

【家族とのつき合いで社会を知る】

 

 僕の場合、仕事は社会から隔絶した環境だった。研究者も作家も個人的な活動なので、あまり他者を気にする必要がない。他者の機嫌を窺ったり、周囲が自分をどう思っているかを気遣ったりしないでも良い。ただ、大学生だけは例外で、お客様なので親切を心がけた。

 こういう捻くれた人間だから、社会というものは、主に家庭で学んだといえる。特に、奥様(あえて敬称)とのつき合いが、最も勉強になった。彼女と接する過程で学び、反省し、自分を変えるように努めた。まあ、それでこんなに丸くなった(この程度にしか丸くならなかった)のである。

 奥様の方も、僕とつき合って学習した様子である。たとえば、僕が指導的な意見を述べても、微笑みながら聞き流す。聞いているようで全然頭に入れていない。若い頃の彼女だったら、人から指図されるのが大嫌いで、かちんときたはずだ。今では、滅多に怒らない。人間ができている。新書で、「聞き流す力」を執筆できるほどだ。

 先日、丸いケーキを5人で食べる機会があり、包丁を彼女が手に持ち、人数を確認してからケーキを切ろうとした。僕は、「直径を切ったら駄目だよ」とアドバイスしたが、彼女は頷きながらケーキをまず半分にした。そのあと、えっと、と考えて、どうすれば5等分できるか、と考えたようだった。世間の多くの人は、このように、ちょっとなにかしてから考える傾向がある。ちょっと考えてからなにかするようにしてほしい。

 

写真35:落葉で明るくなった庭園内を走る列車。毎年11月には雪が降る。今年は降らないかな、と思っていたら、昨夜少しだけ降った。でも、朝から日差しが暖かいので、すぐに解けてしまった。雪が解けるのは今のうちである。

 

文:森博嗣

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「無事」を重ねることが、人生の成功である。少し気をつけていれば、誰でもできる。ときどき予期せぬ不運が襲ってきても、また少しずつ無事を重ねて挽回していけば良い。勝たなくても良い。負けても良い。またの機会を待てることこそが、成功の価値なのである。(第35回「充実した人生に唯一必要なもの」より抜粋)

 

◉人生はプログラミング◉水を差しにくい社会◉話し上手と書き上手

◉老人になっても社会人である◉余計なものを持つことの価値

◉気持ちという質量◉「潔癖社会」純度上昇中◉ジェネラリストは存在しない?

◉どうなれば成功なのか?◉適度な自己中のすすめ◉アイデアを思いつける人

◉思いつきの手法◉新しい価値は無駄から生まれる◉頭は知識で肥満になる

◉楽しければそれで良いのか?◉効率か快適か、それが問題だ

◉自己利益が最重要な方針◉作るために必要なこと

◉一人でいることは、自由の象徴◉充実した人生に唯一必要なもの

◉AIが活躍する未来って?◉的確な質問をする能力

◉ネットのモラルはこれから◉フィクションを楽しむ条件

◉いつ死んでも良い生き方とは etc.

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森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

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